若い世代の消費行動がとても印象的だった。
プロポノなどのNPO活動をしてお金を使わないが心の充足を得るみたいな感覚は自分にはなかった。
消費が変わったというが本質はどこであるのか?
なかなか興味深い。
僕個人としては余裕をもって使えるお金が搾取されているのではないか?
そんな疑問を持つ。
普通に大学や専門を出て就職その後20代で得れる年収は低い。
08年の統計で男性
20~24歳264万 月22万
25~29歳378万 月31.5万
一人暮らしで生活費15万(平均的)に設定
残高 7万
保険やら貯金やらでもう数えるほどである。
車は持ちたいけど持てない現状→興味衰退につながる。
結婚の晩婚化?
など言われているが普通に20代前半では難しいと思う。
(経験上経済的な苦労が絶えない)
税率の上昇と共に晩婚化していると僕は感じていた。
その曖昧さをメディアが晩婚化晩婚化と叫び、問題をすり替えていると思うのは僕だけだろうか?
若年層からの高齢者への所得移行はものすごい早さで起っている。
有権者と共に政治も高齢化している為だろう。
まさに搾取世代。
その未来も見えないそして出世という階段すら外されつつある20代の求める者は?
ボランティア活動なのか?
モノと消費に溢れた町を離れ、アウトドアという現実逃避的活動なのか?
ここ数年若い方の山岳ブームがすごい。
夏の富士登山なんかは朝のラッシュ状態。。。
登山道を並んで登る経験は今までした事がなくある意味新鮮だった。
何を求め?
出会い?
危険のスリル?
現実逃避?
パワースポット?
僕も高校まで登っていたが10年以上経ってブームと共にまた登り始めた。
僕の場合は現実逃避的な意識が強い。
登る、休む、食べる、寝る。
このシンプルな感じが好き。
近頃は精神的な欲求が多くなった感じる。
モノの消費的欲求の時代は終わり、癒しという安らぎが終わり、もっとココロの深い部分の欲求に。。。
大自然の絶景は何物にも変えられないモノである。
Twitter、mixi、掲示板、ありとあらゆるコミニュケーションが発達した現代において情報過多は一昔前より余計に疲れるのかもしれない。
携帯を開けば情報がどしどし入ってくる。
メリットもあるが果たしてそこまで情報が重要なのか?
情報弱者は搾取される?
一理ある。
普段の生活の中で戦時中でも無い限り、情報がない事で死ぬ事はまずないだろう。
結局、情報がいくらあっても使い方、やり方、行動が伴わなければ搾取は変わらない。
情報は一つのツールでしかない。
ソーシャルメディア上で人格を変える場合もそれなりに疲れるだろう。
実名の場合は人格を否定された時、多いに傷つく。
多重化されて自分自身を見失う。。。w
職場、学校そこでの信用やコミニティがそのままソーシャル上に反映されるケースが多い。自由なはずが言動に気を使い上司への社交辞令。。。
いいねボタンまで相互にしあう。。。
過激な発言や中傷、プライベートの暴露はさすがマナー違反だとしても。
ただ過剰に反応して炎上させてしまうのも如何なものかと思う。
従来の一方的なメディア的思考が発生させるのだろう。
ネットの世界は一通ではないし見るか見ないかは自由。
不快ならやめればいい。
そっとパソコンの電源を落とそう。
あまり入り過ぎないのも選択肢のひとつ。
露出社会に向く性格、向かない性格があるかもしれない。
そのうち性格診断、血液型的な、あなたはmixi向き、あなたはFacebook向きなど診断されるかもw
ここ日本において多数の選択肢をもつ事自体が悪く思われる場合がある。
二足の草鞋も大変だとか中途半端になるだとか良い意味でとられない。
転職も数多くすれば問題児的なレッテルを張られる場合が多い。
ひとつの事をやり続けるのが美徳とされそこから外れる事が悪い事になってしまう。
人生は一度きり。
何をしようが最後は死ぬ。
旧来の呪縛の中で選択肢を縛る思考は非常にもったいない気がしないだろうか?
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