2011年11月26日土曜日

君がオヤジになる前に

オヤジ化!? 堀江さんは 思考停止状態=オヤジ化と表現していた。

 仕事、日常生活の上で工夫をしないで同じルーティングを重ねる=思考停止状態。


毎日のご飯の献立や会議出席での飲み物、そんなありふれた場面でいかに工夫するかが停止状態に陥らないひとつの方法。



僕の経験上、思考停止状態の人と共に働くのは上以外に大変だった。


日々の仕事の中で工夫ややり方を少し変えるだけでもとてつもない無駄なエネルギーを消費する。
なんで変えるんだ?という反発が多く、細々細部にわたり説明をしひとつ新しい事を取り入れるだけでも一苦労となる。

思考停止状態に陥る人の多くは年功序列に支配されている気がする・・・ 


職場で気になるのは役職と何年在職しているか?
 そこばかりが気になるらしい。 役職が上ならばそれなりに仕事が出来ると信じ込んでいる人がなぜこれだけ多いのだろう・・・

 年功序列の世界で役職=仕事のでき!? 

中には役職以上の仕事をこなす方もいるだろうが、多くはこのまま時が経てばいいという人たち。

そこに提案や違う流れを起こそうもんなら、出る杭は打たれるってな具合にたたかれる。 保守的な組織ある場合それを変える事はほぼ不可能だろう・・・ 足を引っ張られ、潰される。




 思考停止は自分の将来を固めてしまう・・・


 人生の中でついつい面倒だなって思ってしまう、そう思う時こそ試行錯誤して頭をフルに回転させないとオヤジ化が進行する。


マンネリ化を打破したい方へ、事例研究型アドバイスが書いてあり、参考になる一冊です。




 


http://astore.amazon.co.jp/touma0815-22

2011年11月25日金曜日

モノづくり


『モノ』作りってなんだろう。

先日、鉄道博物館にぶらっと行ってきました。
http://www.railway-museum.jp/top.html















特別企画 時間旅行展が開催されてました。

高度成長期から現在までの日本の進化と通勤電車と身近な生活シーンの過去と未来への創造。

正直、僕のBlogと同じぐらいテーマがよくわからなかった・・・

東京オリンピックの際の新幹線開通の展示や、時代・時代改札の展示、なぜかNintendoDSやiPodなどまで。

印象に残ったのが入り口のこのメッセージでした。





『モノ』づくりってなんだろう・・・
ぼんやり思う。

今、日本の『技術』は世界一?
『モノ』づくりは世界一?



日常の生活の中でメイドインチャイナ、東南アジア産があふれていないだろうか?




ダイソンが革新的な『モノ』を生み続けている。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111113-00000001-president-bus_all
































日本は技術に特化しすぎた分、マーケティングやデザインなんかが遅れている?

近代において世界中から注目されていた日本。

別に『モノづくり』は戦後に始まったわけじゃない・・・

元々職人が集まって一つの『モノ』を作る文化があった。

家も大工、左官、鳶などの職人が手がける。
着物も織り、染め、帯、など様々な職人リレーで制作される。

着物文化も宮大工が造り出すお寺や神社も全て、西洋にはなかった『モノ』
重ねて服を着る発想もなかった。



欧州には日本からインスパイアされた『モノ』が多かった。








サヴォア邸 コルビジェ


            Louis  Vuitton  銀座並木道り 青木淳 





               光の教会 安藤忠雄



現代に置いて家電製品は高性能=売れる時代ではなくなっただろう・・・
かといって、機能性の乏しいデザインのモノも売れない。

逆に無駄な機能を削ぎ落してシンプルなデザインのモノが売れている気がする。



日本で良いモノは売れると考える人は非常に多い。


時代遅れの感覚である。



理美容でいえば理容師はとくにその傾向が強い。


年功序列、技術がうまい、接客は微妙・・・・
だから床屋さんは生き残れずにつぶれていく現実。
ハイクオリティの技術=売り上げではないのだ。
(一部には求めるお客は存在する)



技術職だからこそ売れる・売るための技術が必要なのでは?



ハイクオリティと売れる技術を手に入れればどこでも通用する。














お金はいつも正しい

最近よく読み返す本。

お金=信用

今を生きる為のアドバイスが書いてある。福利厚生の賢い使い方、人生設計の考え方、給料、借金、ギャンブルまで幅広い視点から堀江さんの考えやアドバイスが満載な一冊。

なんだか収監前に書かれた為か、アドバイス的要素満載。
メルマガとかで質問が多いのか、丁寧にわかりやすく説明していて今を生きていく術として目から鱗。

何より『お金』に関する自分のリテラシーの低さがよくわかった一冊でした。







2011年11月21日月曜日

評価

人の評価ってなんだろう。
誰かに評価されて一人前なのだろうか?
評価が全て?

時々そう思う。

小学生の時から続く、評価制度。
義務教育を卒業しても続く。

いや、元々社会の暗黙のルールと言う事で義務教育上にはめ込まれているのか・・・
そう考えると納得できてしまった。


就職し、定年まで働くこれが基本的な考え方。

その中でいかに評価を得るか?



義務教育の中で成績は点数を取れば良くなる。
ただそれだけ。
大した理屈はない。テストで点を取る。


日本は何でも見た目重視型。
肩書きが本当に好きだと思う。
社長、店長、官僚、政治家、ともかく偉いとされる役職を好む。

クレームなんかでもすぐ店長だせ、責任者だせと・・・
(責任者が謝るとクレーマーはなぜかココロが満たされるらしい)

そんな年功序列の世界で役職こそが何よりの基盤となる。
それ以外はなぜか無能とされてしまう。

役職がない=平=駄目人間!?

見た目重視型の世界。
全農の等級制度もそう。
野菜は味とかではなく見た目で基本等級が決まる。

人間もそれに近い。
中身より外身。


役職に不適合の方もたくさん居るが、周りからのあの人はもう何十年も勤めているから・・・同情で成り立ってしまう。

そして、若いというだけで軽視されがち・・・
数字という結果を出していても。

平が役職以上の結果を出せば、出る杭は打たれるよってな具合になぜか非難され実力(結果)などを正当に評価されない・・・
その正当に評価されるまで工夫するのが実力だなんて言う始末。
で、若いうちは苦労しとけって吐き捨てられる。

数字で簡単に評価してきてある時突然それは当たり前だとか訳の分からない事を言われてしまうこの現実。

ようするに年功序列の世界なんだからとりあえずエスカレーターに乗れと。

そのエスカレーターを歩いたり走ったりする奴は許さん。
そんな感じである。

理不尽なのか?それともそれが当たり前なのか?

色々な会社で目にする場面ではないだろうか?

日本における成果主義(実力主義)とは?
日本マクドナルドも成果主義(実力主義)からまた定年制を復活させたぐらいだ・・・

日本の文化ともいえる年功序列はオヤジ達の頭の固さのように硬直し続けるだろう。

TPPに参加した程度では変わらない。



























2011年11月9日水曜日

家族シェア


個人的に一人で食事するより何人かで食事する方が好き。

仕事の時(美容室)では昼食を一人で食べる機会が多い。
夜も遅い為一人になってしまう。

元々僕は個食世代でもあり、家族そろってもバラバラのメニュー、食べたい時にそれぞれが食べる『勝手食い』
一人で食べる事、家族が別々なモノを食べる事に抵抗もないが、わいわいと騒ぎながら食べるのも好きである。



今日もお友達の家で夕食をごちそうになった。
3家族が揃う形子供が10人となったが色々と観察できてとても面白い。

今日揃った家族はよく食事を共にするのだが・・・
ふと、家族的なシェアは現代において有効なんではないかと思った。

核家族化が進み過ぎ、老人は孤独死を迎えるこの時代。
必要い以上に家族が孤立していないだろうか?

20歳、30歳を過ぎても親元にいる事に対して自立できていない、スネをかじり過ぎだという美徳。

別に一人暮らしをしたから自立している訳ではないし(生活の勉強にはなるが)食事の際に人との交流が減ってしまう気がする。(僕だけか?)

食事を囲っての会話はやっぱり弾む。







今でこそ『シェア』なんて言葉がやたらと聞かれるが元々江戸には共同生活が主流で共同の井戸や便所を使っていて生活上の多くをシェアリングしていた。


現代、シェア文化は浸透し始めたが残念な事にネガティブなイメージ、
シェア=貧乏的感覚が強い・・・








江戸時代、江戸には長屋が多く存在した城下町。

そこには『世界一の共同体』が存在していた。


まさに『シェア』により繁栄していた。
江戸時代の生活

子育てにも適していると思う。
無理に一人の親が頑張らず、互いの親同士で子供達に接していたほうがお互いの精神衛生的にプラスになるだろう。

子供にしてみても、逃げ場があったほうが甘える事が出来る。


ただでさえ規制の中で生活しているのだから。



様々な個性をみたり接したりする事でお互いの視野や思考も広くなる。
好い事がたくさんある。


家までは・・・

なんて思うかもしれないが、ルームシェアと変わらない感覚同士の家族なら可能だろう。
生活費も抑える事ができ、共同で使え無駄な『モノ』を買う必要がなくリスクヘッジになる、結果豊かな生活が送れるかもしれない。

マンションや団地もあるが、結局は家一つ分の機能の個体であり、無駄が多い・・・

共有箇所は廊下・階段・エレベーターぐらい!?
共同生活っぽいだけ!?





無駄な『モノ』『情報』にあふれてしまっている現代、精神的豊かさと幸福度をあげるには、歴史を見直し、学ぶべきところは活用するのが賢い気がする。

共同体社会と人類婚姻史


































2011年11月7日月曜日

ゆとり?規制?詰め込み?

様々な所で『ゆとり教育』が・・・
ゆとり世代が・・・

美容室でもアシスタントに対しゆとり世代はちょっと違う・・・なんて言葉がでてきます。



でも本当に『ゆとり』があったのでしょうか?


今までさんざん議論されてきた話題ですが、僕なりに感じた事を書き留めてみたいと思います。


ゆとり世代は団塊の世代・団塊ジュニアの被害者ではないだろうか?

ゆとり世代が幼い頃、規制規制規制を作ってきた。

幼稚園の時から騒げない、近所からのクレーム。


小学生、公園でサッカーをすると怒られる、野球も怒られる。みんなで遊んで騒げばうるさいと怒られる。


中学生・高校生になると公園で友人と話していると、こんな時間にたむろしている!と近所から警察に通報され注意される。
週休2日、休みがあったって公園は規制だらけ。


噴水で遊ぶ子供の声が騒音認定され噴水がでなくなる・・・
http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/?mode=m&no=668







はっきり言って行き過ぎではないだろうか?

大人になると気づきにくいが、近所の児童館でもゲーム禁止の張り紙、公園に立て札、壁にボールを当てるなの張り紙、至る所に規制の張り紙が散乱している現実。

何で遊べと言うのだろう?













みんなで静かにDSを公園でしていると異様な光景だと、子供は走ったり、元気に遊べ!っと、おばちゃんやおっさん達が無神経につぶやく。


あなた達の世代が規制規制規制の雁字搦めにしたのでないだろうか?
法律を改正し週休2日にしたのも子供たちではなく大人達である。


学力が下がった、体力が下がった、まるで子供達が悪い様にメディアは発信しそれを真に受けとるおっちゃん世代。



崩壊している教育システムを誰も立て直そうとはせずにただただ人体実験の様に見つめている大人達。







『ゆとり世代』は本当はゆとりがないだろう。


小学生の殺人や自殺、学級崩壊・・・家庭・学校・公共の場、どこに行っても異常なまでの規制。
先行きの見えない将来。

その中で自ら動くなんていう発想が生まれにくいのではないだろうか?
ゆとり世代はよく自主性がないと耳にする。
言わないと、指示しないと動かない、動けない。
規制だらけの中で自主性は育たないでしょう。
怒られる位なら、何か言われてからやる方がココロにゆとりが持てるそう思うのは僕だけでしょうか?

規制のシステムの中から自然と生まれた思考だと思います。


(モエレ沼http://www.sapporo-park.or.jp/moere/moe/guidance3.php#03)

ゆとり教育の結果、自主性がない世代ではない。

公園ですら満足に遊べなくなった規制だらけの世代。



偏見となってしまいがちだけども、〜世代と呼ばれていても必ず優秀な人材は一定数いる。




『ゆとり教育』と名付け本当は学級崩壊した教職員を守る為ではないだろうか?



池田信夫 blog



(モエレ沼http://www.sapporo-park.or.jp/moere/moe/guidance3.php#03)


人生において『ゆとり』は大切!!

2011年11月1日火曜日

足りている?足りていない?

今豊かになり過ぎていると。
情報も携帯でいつでも取り出す事ができ24時間誰かとつながっている事も可能。




都会ではインフラというインフラは過剰なまでに全て整っていて『モノ』に困る事もなく満たされているます。



本来。足りないからこそ欲して動く。




ただ今は中途半端に足りているから全てが半端になってしまうのでは。


車を必要としなくなった??

ただ都心部のみの話しだと感じます。







東京から2時間も電車や車で移動すればそこは『車』の足が必須か重要な地域です。
電車は近くになく、バスも一日数本。
地方は今でも一人に車が一台。軽自動車がやはり多いと感じます。
コンビニにも車で移動の距離。
都市部を離れると駅前の商店街かもしくはイオン的なショッピングモールまで『モノ』を『車』で買い出しに。



都心部は数分間隔で走る電車・バスがあり、24時間が当たり前なスーパー、コンビニ、自販機、生活に必要な『モノ』はだいたい自転車か徒歩30分の行動範囲内でまかなえるほど今は整備されていて生活基盤が常に満たされている。


そこからさらに『モノ』を消費?
それをする気はなくなってしまう。


車を持たない不自由さは他のインフラの整備がカバーしてしまう。
所得が減り、税金が上がり、搾取され世代は車の維持費を考えた時、車ぐらい・・・ってなると思います。






従来の欲=『物欲』


戦後〜   白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫。三種の神器(新時代の生活必需品、ステータス)     
敗戦し焼け野原からの始まりで『モノ』の普及率は低い。









高度成長期〜   カラーテレビ・クーラー・自動車。3C(昭和のステータス)
学歴社会、大企業に就職すれば一生安泰。終身雇用制度の完成。












平成〜  携帯電話・薄型テレビ・DVDレコーダー・デジカメ。(家電は一般化してステータスとしての役目は終えた)
パブル崩壊。情報時代の幕開け。終身雇用は幻想化。
『モノ』は普及し一般化した。
『消費社会』の崩壊。顧客満足度も『満足』から『感動』のココロを満たす時代へ。


携帯電話の普及率データ
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6350.html







現在〜  PC・スマートフォン・電子マネー・クラウドサービス・エコバック・ハイブリットカー。






情報社会。『エコ』という消費行動。大企業も潰れる時代に。幻想化した終身雇用制度に飛びつく人と全く働かないニートの出現。
若者の登山ブーム(溢れすぎた町からの逃避?)急激な高齢者への所得移行。政治の高齢化(有権者が高齢者な為)個人メディアの出現。高度成長期もパブル時期もはや教科書の歴史。搾取され世代。
24時間どこでもソーシャル上で人とつながって入れる。
コミニュケーションの変化。
メール。Twitter。Facebook。
ソーシャル上での人格(アメピグなど)現実はユニクロを着てネット上では多彩な洋服や髪型(自分の理想を追求?)











『モノ』は当たり前となった。 
生まれた時から困る事もなく、生きてこれた。

大きく変化したとすればバブル以降の所得減少とそれに対する税金だと。
福祉を支える多額の税金。ull siz
http://research-soken.or.jp/reports/digit_arch/income01.html



高齢化、『年金』という老人への所得移行・・・
http://twitpic.com/6yrfp2






もはや明るい未来はないのではないか?
国の借金も1000兆円を超え、老人のための年金制度。

搾取され世代は自然とわかっているのかも知れません。

現実の世界には豊かさはあるが幸せがない、希望がない。『車』を手に入れたとしてもステータスにもならずただの浪費だと。


その浪費に変わるのがソーシャル上。


新しいサイバー大陸はまだまだ刺激が転がっている。






理美容業界の所得統計