個人的に一人で食事するより何人かで食事する方が好き。
仕事の時(美容室)では昼食を一人で食べる機会が多い。
夜も遅い為一人になってしまう。
元々僕は個食世代でもあり、家族そろってもバラバラのメニュー、食べたい時にそれぞれが食べる『勝手食い』
一人で食べる事、家族が別々なモノを食べる事に抵抗もないが、わいわいと騒ぎながら食べるのも好きである。
今日もお友達の家で夕食をごちそうになった。
3家族が揃う形子供が10人となったが色々と観察できてとても面白い。
今日揃った家族はよく食事を共にするのだが・・・
ふと、家族的なシェアは現代において有効なんではないかと思った。
核家族化が進み過ぎ、老人は孤独死を迎えるこの時代。
必要い以上に家族が孤立していないだろうか?
20歳、30歳を過ぎても親元にいる事に対して自立できていない、スネをかじり過ぎだという美徳。
別に一人暮らしをしたから自立している訳ではないし(生活の勉強にはなるが)食事の際に人との交流が減ってしまう気がする。(僕だけか?)
食事を囲っての会話はやっぱり弾む。
今でこそ『シェア』なんて言葉がやたらと聞かれるが元々江戸には共同生活が主流で共同の井戸や便所を使っていて生活上の多くをシェアリングしていた。
現代、シェア文化は浸透し始めたが残念な事にネガティブなイメージ、
シェア=貧乏的感覚が強い・・・
江戸時代、江戸には長屋が多く存在した城下町。
そこには『世界一の共同体』が存在していた。
まさに『シェア』により繁栄していた。
江戸時代の生活
子育てにも適していると思う。
無理に一人の親が頑張らず、互いの親同士で子供達に接していたほうがお互いの精神衛生的にプラスになるだろう。
子供にしてみても、逃げ場があったほうが甘える事が出来る。
ただでさえ規制の中で生活しているのだから。
様々な個性をみたり接したりする事でお互いの視野や思考も広くなる。
好い事がたくさんある。
家までは・・・
なんて思うかもしれないが、ルームシェアと変わらない感覚同士の家族なら可能だろう。
生活費も抑える事ができ、共同で使え無駄な『モノ』を買う必要がなくリスクヘッジになる、結果豊かな生活が送れるかもしれない。
マンションや団地もあるが、結局は家一つ分の機能の個体であり、無駄が多い・・・
共有箇所は廊下・階段・エレベーターぐらい!?
共同生活っぽいだけ!?
無駄な『モノ』『情報』にあふれてしまっている現代、精神的豊かさと幸福度をあげるには、歴史を見直し、学ぶべきところは活用するのが賢い気がする。
共同体社会と人類婚姻史



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