2011年11月21日月曜日

評価

人の評価ってなんだろう。
誰かに評価されて一人前なのだろうか?
評価が全て?

時々そう思う。

小学生の時から続く、評価制度。
義務教育を卒業しても続く。

いや、元々社会の暗黙のルールと言う事で義務教育上にはめ込まれているのか・・・
そう考えると納得できてしまった。


就職し、定年まで働くこれが基本的な考え方。

その中でいかに評価を得るか?



義務教育の中で成績は点数を取れば良くなる。
ただそれだけ。
大した理屈はない。テストで点を取る。


日本は何でも見た目重視型。
肩書きが本当に好きだと思う。
社長、店長、官僚、政治家、ともかく偉いとされる役職を好む。

クレームなんかでもすぐ店長だせ、責任者だせと・・・
(責任者が謝るとクレーマーはなぜかココロが満たされるらしい)

そんな年功序列の世界で役職こそが何よりの基盤となる。
それ以外はなぜか無能とされてしまう。

役職がない=平=駄目人間!?

見た目重視型の世界。
全農の等級制度もそう。
野菜は味とかではなく見た目で基本等級が決まる。

人間もそれに近い。
中身より外身。


役職に不適合の方もたくさん居るが、周りからのあの人はもう何十年も勤めているから・・・同情で成り立ってしまう。

そして、若いというだけで軽視されがち・・・
数字という結果を出していても。

平が役職以上の結果を出せば、出る杭は打たれるよってな具合になぜか非難され実力(結果)などを正当に評価されない・・・
その正当に評価されるまで工夫するのが実力だなんて言う始末。
で、若いうちは苦労しとけって吐き捨てられる。

数字で簡単に評価してきてある時突然それは当たり前だとか訳の分からない事を言われてしまうこの現実。

ようするに年功序列の世界なんだからとりあえずエスカレーターに乗れと。

そのエスカレーターを歩いたり走ったりする奴は許さん。
そんな感じである。

理不尽なのか?それともそれが当たり前なのか?

色々な会社で目にする場面ではないだろうか?

日本における成果主義(実力主義)とは?
日本マクドナルドも成果主義(実力主義)からまた定年制を復活させたぐらいだ・・・

日本の文化ともいえる年功序列はオヤジ達の頭の固さのように硬直し続けるだろう。

TPPに参加した程度では変わらない。



























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